2025年12月15日

未来を切り拓くマインドセットを育む~目的は“ビジネス創出”じゃない!世界とつながる「アントレプレナーシップ教育」最前線レポート

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未来を切り拓くマインドセットを育む

日本でも近年推進されている「アントレプレナーシップ教育」。起業家教育と訳されることも多く、次世代のビジネスを起こす力を育てる学びと捉えている方もいるかもしれません。しかし、文部科学省の関連事業でも明確に定義されている通り、アントレプレナーシップ教育は、「自ら社会課題を見つけ、課題解決に向かってチャレンジしたり、他者との協働により解決策を探究したりする力を身につける教育※1」であり、起業や起業家育成は真の目的ではありません。自ら考え、価値を生み出す力が求められている現代において、アントレプレナーシップは、変化に対応しながら新たな解決策を創り出す「未来を切り拓くための基礎となる力」として、世界中であらためて注目されています。今回は、世界のアントレプレナーシップ教育の最前線を、現地レポートを交えてお届けします。

01米国発のアントレプレナーシップ教育

アントレプレナーシップは次世代育成の手段として、世界中で長年注目されてきました。最も早く教育にその要素を持ち込んだ代表的なモデルの一つが、米国発の非営利団体 NFTE(Network for Teaching Entrepreneurship)です。NFTEは1987年にアメリカで設立された団体で、都市部の貧困地域の若者に学びの機会を提供することからスタートしました。社会の格差解消や多様な学生の自立に向けた職業教育の充実を背景に、中高生〜大学生を対象に、一般的な学校でも取り入れられる実践的なプログラムや教員研修を提供し、現在その学びはアメリカから世界中に広がっています。

NFTEのプログラムに共通するのは、アントレプレナー・マインドセット(Entrepreneurial Mindset)を育てることです。「創造力」「課題解決力」に加え、「リスクを取る姿勢」「ピンチをチャンスに転換する姿勢」「自律性」など、生涯にわたって必要となる資質が重視されています。このマインドセットは、どの地域や国、どんな環境でも揺るがない、大切な力です。米国発の教育プログラムが世界で展開され、評価されている理由もここにあります。

02年に一度、NYに集う世界のアントレプレナーたち

Photos by Joseph Spiteri Photography
© Photos by Joseph Spiteri Photography

そんなNFTEのアントレプレナーシップ教育のグローバルな動きを象徴するイベント、NFTE World Youth Entrepreneurship Challenge 2025(WYEC 2025)※2 が、2025年11月にニューヨークで開催され、世界13か国から34名の学生起業家(15歳から21歳)が集まりました。

WYECの3日間では、ビジネスアイデアのコンペティションだけでなく、以下のようなプログラムが展開され、国を超えて学生同士が学び合いました。

  • デザイン思考などを活用し、仲間と協働的に学ぶワークショップ(Day of Learning)
  • メンターによるビジネスアイデアへのコーチング(Day of Coaching
  • 国境を越えた交流
  • ビジネスショーケース&コンペティション(準決勝・決勝)

学生たちが持ち寄ったのは、「利益を生む」ことにとどまらず、環境、医療、農業、福祉、テクノロジー、貧困やジェンダー格差など、さまざまな社会課題に挑むビジネスアイデアでした。

2025年の世界チャンピオンに輝いたのは、アイルランドから参加した16歳。家畜用ワクチンの冷却・保存に苦労する農村部の畜産農家の課題に向き合ったソリューションでした。そのほかにも、ベトナムからは医療×AIの「スマートアイウェア」を提案した高校生、メキシコからは都市の水道インフラに関するデジタルツイン技術を発表した大学生など、地域課題に真正面から挑む若者たちがファイナリストに名を連ねました。

03彼らは何を得たのか?ビジネスアイデア・コンペティションの本当の価値

参加した学生たちに、今回の経験の価値について尋ねると、「自分とは違う考えを持つ仲間との出会い」「自分のアイデアで世界とつながる経験」などと答えてくれました。世界中から集まった背景の異なる仲間と共に挑戦し、「自分たちが世界に価値を生み出すんだ!」という使命感、自己効力感、チャレンジ精神が芽生えたようです。

国内の一般的な「ビジネス・コンテスト」では、アイデアを出すうえでの“前提”がある程度共有されています。また、参加する生徒の社会的背景も似ていることが多いでしょう。しかしWYECでは、その“前提”が通用しない環境で、多様な仲間や一流企業の審査員・コーチによる全く異なる課題意識や解決のロジックに触れたことで、自分の可能性を再発見・再認識し、「世界で通用する価値」を創り出すアントレプレナーシップが育まれます。また、関わる企業人、教員、ボランティアスタッフも皆、彼らをアントレプレナーとして扱い、未来を共に創る「仲間」として迎え入れている様子が印象的でした。

04日本のアントレプレナーシップ教育のこれから

本質的なアントレプレナー・マインドの育成に向けた取り組みは、日本の教育現場ではまだ発展途上です。現在、日本の一部の大学や高専ではスタートアップ系の科目が拡充されたり、高校生が探究学習の一環としてコンテストに参加するなど、アントレプレナーシップ教育は徐々に広がりつつあります。
しかし現状では、以下のような課題があります。

  • 都市部と地方での教育格差
  • 多様な若者に届く公共性の高いモデルの不足
  • 実践的な学びの場が限られていること
  • 社会や学校において「失敗を許容する文化」が十分に醸成されていないこと

日本社会は今、大きな転換点にあります。少子高齢化や人口減少、産業構造の変化の中で、まさに次世代にアントレプレナーシップが必要とされています。そのためにも、公教育を通じてより早い段階から「失敗と挑戦を繰り返す機会」や「マインドを育む機会」を広く提供することが求められます。

05若者の挑戦を支える「パートナーシップ」の必要性

アントレプレナーシップは誰にとっても必要な力です。一方で、アントレプレナーシップは、周囲の支援や機会提供がなければ育まれにくい力でもあります。学校、保護者、企業、行政が各地域のエコシステムとして連携することが不可欠です。地域活性化や次世代育成の核に、アントレプレナーシップ教育を置くことで、大人たちも含めたパートナーシップを築くことができます。たとえば、

  • 地域企業と行政が連携して行うピッチイベントを頻度高く行う
  • 学校を超え地域の学生同士がつながり、リアルな社会のフィードバックを受ける
  • 「地方×社会課題×ビジネス」をテーマとした包括的な協働の場にする

といった、パートナーシップを前提とする仕組みをつくることで、参画する企業にとっても、学生への支援が自社の企業内起業(イントラプレナー)文化の醸成につながり、若者と共に新たな挑戦ができる場を創出するなど、若手社員のマインド育成にも資する取り組みとなります。

これからの「アントレプレナーシップ教育」を考えるとき、地域や次世代と共創する仕組みとしてデザインし、「未来を創る力」を育むという姿勢が重要ではないでしょうか。